困った子供

隣家の娘、ターニャ愛国心にあふれるダンス好きの幼稚園児だが、最近は死んだ真似に凝り始め周囲の大人たちを困惑させている。
ターニャは体が柔らかく息を長い時間止めるのも得意なので(幼稚園でグランブルごっこが流行した際に身に付けた技術らしい)、不自然な格好で倒れて口から血糊をたらせば大抵の人は騙される。ターニャは自分の通うピピの子供達にもこの技術を伝え、ある日集団で実践したところ、警察が呼ばれる事態となった。首謀者のターニャは本来なら怒られる所だが、第一発見者の園長先生が子供達の安否の確認も忘れ、銃を手に倉庫に逃げ込んだ事が大問題となり、どさくさに紛れてターニャはお咎め無しとなった。
実を言うと最初にターニャに血糊の作り方を教えたのは俺だった。昨年末のことだが、こんなことがあった。

「スズヒコおじさん、血ってどこで売ってるの?」
「血?人間の血かい?」
「何の血でもいいの。本物じゃなくても血に見えればいいわ」
「だったら、映画や芝居で使う偽物の血を作ればいいよ」
「自分で作れるの?」
「日本語で書かれた写真付きのページがあるから翻訳してあげるよ」

思えば、この時点で何に使うかを訊いておけば良かったのだが、どうせ他愛も無いいたずらに使うのだろうと思って、あえて訊かないでおいた。騒ぎのあとで、俺は責任の一端を感じターニャに事情をきいてみた。

「ターニャ、どうして死んだ真似なんかするの?」
「それは言えないわ」
「大人が驚くのが楽しいからだろ?」
「ターニャ、そんなガキみたいなことしない娘よ」
「じゃあどうして?」
「スズヒコおじさんはブログに書くから駄目」
「おじさんのブログは日本語でしか書いてないから大丈夫だよ」
「何語でも駄目。ショーグンもゲイシャも嫌い!」

この時点でやっと解った。ターニャは近隣諸国に潜入して暗殺活動を行う子供特殊部隊を組織しようとしているのだ。おそらくダンスの練習やコントのような忍者の格好も文化交流等の名目で近隣諸国に潜入するための手段として練習しているものと思われる。恐ろしい子供だ。そう考えてみると、得体の知れない日本人である私になついているのも情報収集や海外とのコネクションを利用しようという目論見があったと考えれば納得できる。本当に恐ろしい子供だ。
もちろん、このことは黙っていた。言ったら始末されかねないからだ。