藁と豆

インターネットのおかげで日本のニュースをパソコンで見ることができる。回線速度の関係で約3日程の時差があるものの、故郷の情報を得ることができるのは大変ありがたい。先日見たニュースで興味深かったのはこんなものだった。日本の皆さんはご存知かと思うが、このブログは海外在住の邦人も見ているので簡単に経緯を書いておこう。

  1. 納豆を食べ続ける事で減量の効果があると報じたテレビ番組が放送された。
  2. 番組は大評判となり、スーパーでは納豆が売り切れになった。
  3. 番組のデータが捏造であることが発覚した。
  4. 製作会社やテレビ局のトップが謝罪、辞任。
  5. 番組自体が打ち切りとなった

こちらの人たちのテレビに対する信頼は大変強く、テレビで放送された事の影響力は日本以上に大きい。この事件のような生活情報番組は無いが、もしあったら対象商品は奪い合いになるだろうし、捏造がばれたときは暴動が起きるだろう。近所に住むサンチェスという男がにこちらのテレビ局に勤めているので、この記事に興味を持つだろうと思い紹介してみたのだが、事件そのものよりもまず納豆を説明するのに苦労した。
面倒なので最初は「豆を使った日本の伝統食だ」とのみ言ってたのだが、こちらでは豆料理が人気メニューだということもあり、サンチェスは「納豆とはどんな味なのか、どうやって食べるのか」としつこく訊ねてきた。仕方がないので簡単な説明をしたところ、大いに興味を持ったらしく話題の中心は事件のことから納豆そのものへと移ってしまった。
いつのまにか周りの人たちも集まってきた。彼らは一様にそんなものを食べたら腹を壊すに決まってると言う。日本では1億人が納豆を食べてるし、誰も腹を壊していないと俺が説明しても信用する者はいない。だったら目の前で食べてみろという事になったのだが、残念な事に日本の食材を売っている店でも納豆は売っていない。仕方が無いので作ってみることにた。納豆は大豆と藁があれば作れるのだ。こちらの藁に納豆菌が付着してるかという不安もあったが、普通についているものらしい。Googleを駆使して作り方を調べて、数日後なんとか出来たのでサンチェスの勤めているオフィスへと持って行った。
こっちの人たちには匂いも見た目も受け入れられないだろうと思ったのだが、意外にも第一印象で「何だか美味そうだ」と好反応を示す人が多い。俺が食べて見せると「独り占めしないで食わせろ」と怒り始めた。口に合わなくても俺に文句を言わないことを条件に少しずつ皆にあげたところ、美味い美味いと奪い会いになり、持ってきた藁二本分の納豆はすぐに無くなった。
サンチェスが「そういえば、これを食べれば病気が治るんだってな」と言い出した(前回何を聞いてたのだ)。こんなに美味い上に健康に良いなんて、そんな旨い話に乗らない手は無いと一同は騒然となった。俺はそんな事は無いと必死に説得したが、誰も聞き入れない。それどころか、病気が治るくらいだから当然ガンにもかからないだろうと言い出す奴まで現れた。いつのまにか、泳げるようになる、視力が良くなる、蜂に刺されない、異性にモテモテ、同性にモテモテ、駐車違反で捕まりにくい、亭主の浮気癖が治るなどなど、あらゆる効果が勝手に増えていった。
俺はこれ以上かかわりたくないので、料理ができて物覚えのいい人を3人選び「この人たちに作り方をしっかり教えるから、みんなはこの人たちから学んで欲しい」と伝えた。3人とも完璧に作り方をマスターし、それを周囲の人に的確に伝えたので、国民の間に作り方が広まるのにそれほどの時間はかからなかった。
あれから5年、今ではこの国の誰もが納豆を食べるようになった。病気の人も泳げない人も目が悪い人も蜂に刺される人もいなくなった。みんなモテモテだし、駐車違反も浮気もなくなった。全部俺のおかげだ。