蟻問答

川柳では「羽もいで 蟻になりたや 黒い蜂」なんてことを申しまして、昔も蟻んこってえのは人気のある虫だったようでございます。先日もうちの若いもんが「師匠師匠、蟻ってえのは偉い虫だと思いませんか?」なんて言いやがるもんですから「そりゃ、どうしてだい?」と聞いたら、そのとたん「あひゃひゃひゃ」って泡吹いて倒れちまいました。どうやら悪い薬をやってたらしくて、かわいそうにもう二度と…馬鹿な奴だよ。ありゃりゃ、蟻とは全然関係ない話になっちまいました。

どんどんどん。
「おい、新の字起きてんだろ。はやく出てきやがれ」
「なんだい朝っぱらからバットで玄関を叩きやがって。誰かと思ったらカブレラじゃねえか」
「あたぼうよ、他に誰がバットで玄関を叩くってんだ。そんなことより大変なことが起きたんだよ。つべこべ言わずに面洗って着替えて出てきやがれ」
「相変わらず、口が悪いね。これじゃ今年もホームラン王は無理だな」
「うるせいや、口を開けばホームラン、ホームランて。コノ国ノ人タチハ、ホームラン乞食デスカ?」
「なんだい、都合の悪いときだけ片言になりやがって。それはそうと大変な事ってのは何なんだい?」
「それがだな、内角のスライダーを巧くおっつけてライトスタンドに放り込む方法が解ったってんだから打撃の神様も吃驚だ」
「悪かったよ。もうホームランの話はしないから、話を進めてくれないか」
「解レバ、イイノデース」
「その片言も要らないから。で、どうなったんだい大変な話は」
「そうそう、その大変な話だ。一回しか言わないからよぉく聞いておけ」
「なにも威張らなくてもいいじゃないか。このベネズエラ人め」
「なに馬鹿なことをいってんだ。ベネズエラじゃなくてアメリカだよ。アメリカで何故か今時分になって蟻見路が大はやりらしいんだよ。」
「おいおいおい。穏やかじゃないね。あんな酔狂なことであすんだりするのは、俺っちだけかと思ってたらメリケンさんたちまで始めたってのかい。偶然ってのは恐ろしいもんだな」
「それがどうやら偶然じゃないらしいんだよ。この前、蕎麦屋にお忍びで来てたペリイ提督が居ただろう」
「いたいた。ぜんぜんお忍びになってなかったのが」
「あれは浮きまくってたな」
「ペリイもベネズエラ人に言われたかないだろうけどな。で、そのペリイがどうしたって言うんだい?まさかあたしらが蟻見路をやってるところを見てたってんじゃ無いだろうね」
「そのまさかだよ。つうか新の字、キャラクタ設定がぐだぐだになりつつあるぞ」
「それどころじゃねぇや。メリケンに真似されて黙って居られるかってんだ」

てなことを言いながら二人は「ペリイにがつんと言ってやるんだ」とばかりにアメリカへと旅立ったのでございます。ちなみに蟻見路ってのは、道に這いつくばって蟻ん子が働く樣を見ることでして、そんなのは世界中で昔っから大勢の人がやってることですから別にこの二人の専売特許なんてこた全然ないんですが、ペリーさんがたまたまこの二人を見かけて「エドにはこんな妙ちくりんな奴らが居たぞ」なんて面白がって映画化までしてお国の方々に紹介したら、これがどういう訳か大受けになってしまったという訳なんですな。

「おい、カブ。アメリカってのは凄いところだな」
「まあな」
「いや、お前さんはベネズエラ人だろうが」
アメリカはベネズエラの子分みたいなもんだ」
「そんなの聞いたことねえや。そんなことより、ペリイはどこだ?」
「外人の顔はどれも同じに見えていけねえや」
「ロイクに言われる筋はねえってさ。お、あいつじゃねえかい?」
「あの四角い額に目の下の弛み、違えねえ。ペリイだ」

ペリーを見つけた二人は有無を言わさず殴りかかり、ぶっ倒れたところを押さえつけ、口をこじ開けて何千匹もの蟻をこれでもかこれでもかと流し込んだのでした。
「喰らえ!これはクリリンの分だ」
「新の字。そのネタはとっくに賞味期限が切れてるぞ」
「もがががが」
「お、ペリイの奴には受けてるみたいだ」
メリケンのお笑いのレベルは低すぎていけねえや」
「カブよ、そろそろ勘弁してやろうか」
「おう。口に蟻を詰め込まれて笑ってる奴をこれ以上いたぶったとあっちゃ江戸っ子の名折れだ」
「アリガトウゴザイマース」
「いいってことよ。これでおあいこだ」
「ペリイさんよ。もう蟻は懲りただろう」
「ハイ。蟻ハトテモ怖イデス」
「そうか、蟻は怖いか」
「デモ、モット怖イ物ガアリマース」
「へぇ、あんなに怖い思いをした蟻よりも怖い物があるのかい。なんだいそれは?」
「今度はお茶が怖い」