シロイシ村の珍しい習慣

ボリビア憲法上の首都スクレの近郊の村タラブコ。そのタラブコからさらに奥に入ったところにシロイシという村がある。村民のほとんどはテチェの生産に従事している小さな村だ。
シロイシの男達は、常に右手を握り締めている。砂を握っているからだ。日常の作業は常に左手だけで行うので、不自由なことが多く生産性も低い。右手の手の平を洗うことはほとんどないので衛生上の問題もある。
砂は当然目潰しに使う。
シロイシの男達は、常にゴーグルを掛けている。もちろん目潰しの砂から目を守るためだ。残念ながらシロイシ村でポリカーボネイト製の軽量で丈夫なゴーグルの入手は困難なため住民の手作りのゴーグルだ。丈夫だが、重くて視界は狭い。日常の作業には不自由なことが多く生産性も低い。
シロイシの男達は、常にフックが付いた棒を腰からぶら提げている。もちろん相手のゴーグルを外すためだ。この棒は武器としても使われるため、丈夫に出来ている。相手の棒を避けながらゴーグルを外すのは高度な技術を要するため、男達は日々練習を怠らない。生活に必要な時間を練習で削られる事による犠牲は少なくはない。
シロイシの男達は気が短く些細なことで争いが始まる。こっちを見て笑ったとか、お前の酒の方が多いとか、本当に些細な理由だ。勝負はほぼ一瞬で決まる。左手で腰から提げた棒を抜き、相手のゴーグルを外して、砂を投げつける。目に入った方が負けとなり、その時点で勝負は終了となる。両者とも右手が空くので、その日は誰も彼らと争ってはいけないという暗黙のルールがあるようだ。
夜は村の中心にある広場に村人全員が集まり宴会となる。勝った男も負けた男も焚火を囲み大声で歌っている。俺は、今日喧嘩で敗けた男に話しかけてみた。

「負けたのは悔しいかい?」
「そりゃ、悔しいさ」
「次は勝てるといいね」
「次?君は何にも知らないんだね」
「どういうこと?敗者ほもう争わないのかい?」
「もう少しで解るさ」

0時になると男は服を脱ぎ始めた。村人達は黙って取り囲む。全てを脱ぎ去り焚火の方を向いて跪くと同時に男の体は、ほろほろと崩れて行った。
男は砂になった。
村の男達は右手の砂を捨て、さっきまで仲間だった新しい砂を握り締めた。俺も成り行きでその砂を握り締めた。
左手だけでキーボードを打つのって難しいですね。