中尉にメールは来ない

中尉にメールは来ない
2003年/ボリビア/監督:マルシア・ガルケス/100分
この映画は大変複雑な構造をしている。原作者と登場人物と主演俳優と監督が同一人物(マルシア・ガルケス)なのだ。まず、原作となった小説「中尉にメールは来ない」の内容はこうだ。

作家マルシア・ガルケスはガルシア・マルケスをもじった名前が災いし三流作家という評価がついて回っている。このマイナスイメージを拭うために自らの作品「中尉にメールは来ない」を映画化しその監督としての名声を得ようと奔走する。

映画はこのスラップスティック小説に忠実に作られ、マルシア・ガルケスが自ら監督と主演を勤めている。つまり、自らが小説で書いた「映画監督役の自分」を映画で演じて、その映画の監督をしているのだ。しかもタイトル「中尉にメールは来ない」は、この映画のタイトルであると同時に、この映画の中で撮られている映画のタイトルでもあるという事になる。もう訳がわからない。
その劇中劇「中尉にメールは来ない」はもちろんガルシア・マルケスの「大佐に手紙は来ない」の安易なパクリだが、それがどのような話なのかはを知る手がかりはほとんどない。なんせガルケスが映画を撮っているシーンは全編を通して「(いかにも作り物の)南極で中尉がペンギンの数を数えるが、ペンギンが動き回って数えられなくなり、フリーズ!と叫ぶ」「数十人のエンジニアがミュージカル仕立てで歌って踊りながらメールの設定をする」「中尉と透明美女(もちろん全くみえない)とのキスシーン」の3つしかないのだ。
その複雑な構造や随所に散りばめられた小ネタから、この映画には世界中に多くのマニアが存在する。マニアの中には先ほどの3つのシーンだけを基に「中尉にメールは来ない」のストーリーを強引に考えて小説化する人が現れ、それがまたベストセラーとなったことは記憶に新しい。先日ガルケスはこの小説を読んだか?というキネマ・ボリビア誌のインタビューに対して「もちろん読んだ。映画化したいから俺に監督をやらせろ。俺の腕を疑うならすでに3シーンほど撮ってあるからそれを見てくれ」と答えていた。ガルケスの言うことは、どこまでが冗談か解らないので、この発言に関してもいろいろな深読みをする人が現れ、波紋を呼んでいる。
最後に、この映画に関連した小さなエピソードを一つ紹介しよう。映画では「撮影が困難になるとガルケスはワープロを取り出し、シナリオより前に小説の該当部分を撮影に都合が良いように書き換え『改版だ!』と出版社に送りつける」というギャグが何度か出てくるが、子供達の間ではこれをまねて、テストで解らない問題が出ると「改版だ!」と欄外に書き添えて問題文を都合良く改変するのが流行したらしい。大抵は書き換えた問題の答えも間違っていたそうだ。