カスタムメイド

自分の体に合わせて作られた特注品は既製品とは比べものにならない良さがあると聞いている。残念ながら高価なものになるため俺はその良さを知らないのだが、服や靴などでは良い材料を用いて腕の良い職人が自分専用に作るわけだから、品質が悪いわけはないだろうということは容易に想像できる。
オーダーメイドで作られるのは服や靴などの身につける物だけとは限らない。大規模な話で言えば建築物は建て売り住宅を除けばほとんどがオーダーメイドみたいな物だし、楽器やスポーツ選手が使う道具などでも、その人専用の物が作られるのは珍しくない。
ただ「オーダーメイドの鋏」を作ってくれるのは、サンタクルス北部のメジスロ工房だけだろう。しかもメジスロが作るのは紙を切る鋏だけなのだ。メジスロでは、客の手や指はもちろん身長や姿勢など数多くのパラメータや「どんな紙を何の為に切るのか」と言った目的も考慮して、その人に最も適した鋏を作り出す。
「何メートルも何メートルも切りたい人へ、メジスロの鋏は持つ人を裏切らない」メジスロの顧客は皆、この広告が全くの誇張抜きで製品の特長を表していると言っている。
先日、俺が勝手に「ラパスの林家正楽」と呼んでいる紙切り名人のラミロ・サンディさんに会う機会があって話を伺ったのだが、彼は「メジスロが無ければ紙はいつまでたっても紙ですよ」とまで言っている。メジスロの鋏は、とにかく切り味が良く、頭で考えたラインでそのまま切ることができ、いつまでも手が疲れないそうだ。
触らない事を約束するから、その鋏を一目見せてくれないかとお願いしたら、そんな大げさな事言わなくても見せてあげますよと、ケースから気楽に鋏を取り出して、俺の手に持たせてくれた。ラミロさんは左利きなので左手に持ったのだが、なんだか窮屈でとても収まりが悪い。ラミロさんは俺より手が小さいためだ。ただ、ちょっと動かしてみるだけで、切れ味が鋭いことは良く解った。しかもシンプルで装飾もないただの鋏が美術品のように美しい。こんな凄い鋏、俺も作って欲しいと思ったのだが、2年先まで予約が入っているらしくすぐには手に入らないと言う。しかもノートPCが2〜3台買えそうな値段を聞いてすぐに断念した。
丁寧に礼を言って鋏を返すとラミロさんは左手にその鋏を持ってチャキチャキと動かした。比喩でも何でもなく手の一部のように見える。「生まれたときから持ってるみたいですね」と思わず言葉がもれた。ラミロさんは鋏を褒められたのが嬉しかったのか(今まで鋏の事でインタビューを受けたことはなかったそうだ)紙切りを披露してくれた。その華麗な動きを馬鹿みたいに口を開けて見ていると、数十秒で紙の中からメジスロの鋏が現れた。「はい、おみやげ。こっちは只だよ」ラミロさんはそう言って紙のメジスロを俺にくれた。見事なまでに切れ味が良さそうで、俺には持ち難そうな形をしていた。