犬らしきもの

先日、近所を散歩していたら見慣れない男が変わった犬を連れて歩いていた。いや、なんとなく犬かと思ったのだが、それが果たして本当に犬であるのか解らないくらい変わった犬だった。大きさは子犬くらいなのだが、鳴き声が高く目が大きい。毛並みも何だか犬っぽくない。
俺は男に話しかけてみた。「こんにちは。可愛いですね」犬じゃなかったら失礼なので、可愛い犬ですねと言えなかったのだ。男は「え?俺がか?」と訊き返してきた。確かにこちらでは珍しいちょっと中性的な顔立ちをしているが、そう受け取られるとは思わなかった。仕方たが無いので「あ、いや、そちらの…」と犬らしき生き物を見た。ここで、ワンちゃんがです、と言って犬じゃなかったら話が余計こじれてしまうので言葉を濁しつつ話す。
「ああ、こいつか」男は犬らしき生き物をそれほど可愛がってないようだ。ペット自慢でもしてくれたら、それがどんな生き物か解る糸口になったかもしれないのに。俺は手がかりを得るために今度は「何ていう種類なんですか?」と訊いてみた。種類が解れば家で検索することができる。
男の表情が明るくなった、よくぞ訊いてくれましたって顔だ。「それがね、雑種なんだよ」。畜生、そんなに喜んで話す事か。俺は諦めずに「何と何のですか?」と尋ねた。男は相変わらす嬉しそうに「いや、いろいろだよ」と答える。「ああ、いろいろですか」と俺。男は続けた「おやじはイタリア系の移民の子孫とチャイニーズのハーフで、おふくろはアフリカン・アメリカンネイティブ・アメリカンとあと俺の知らないどっかの国の血を引いているんだ」。こいつまた自分の話かよ。動物の種類を訊いたつもりだったのだが、俺はあまり流暢に話せなかったため、この男は自分の血統を訊かれたと思ったらしい。
俺はもうその生き物の正体を探る事を諦め、その場を後にしようとした。すると男は「あんた、こいつが気に入ったのかい?」と尋ねてきた。いや、そうじゃないんだけどと口ごもっていたら男は「よかったら、貰ってくれないか?」と言ってきた。正直言うと、俺はその犬か何か解らない生き物がとても欲しかったのだが、「いや、うちにはハムスターがいるから止めておくよ」と嘘を言った。面倒な事に巻き込まれそうな気がしたのだ。「そうか、じゃあいいよ」男は犬らしき生き物を放した。犬らしき生き物はキャンキャンと鳴きながら去っていった。
その日の夜、家でテレビを見ているとノックの音が聞こえた。夜の来客とは珍しい、飴売りじゃなきゃいいなと思いつつ覗き窓から外を見ると、若い女性が立っていた。危ないパターンだ。死角に屈強な男が銃を片手に2人待っているに違いない。俺は「誰だか知らないけど、俺はもう寝るんだ帰ってくれ」と返事をした。ドアの外の女はそれを無視して喋り始めた。「夜分遅くすみません。今日、助けて頂いたお礼を一言いいたくて参りました」。「今日はもちろん、生まれてこの方誰かを助けた事なんかないよ」珍しく正直に答えてみる。すると女は変な事を言い出した「いいえ、あなたは今日、私をあの変な男から助けて下さいました」。

まさか!?

ドア越しに女は話し続けた。「あの男は自分の事にしか興味がなく、私の世話を全然してくれませんでした」これはもう間違いない。「君は、あのときの犬なのか?」俺が質問すると女は急に黙ってしまった。触れてはいけない話題だったのだろうか。構わず俺は話し続ける「そうなんだろ。顔も声もそっくりだ」。女がようやく口を開いた「…残念です」。何を言ってるんだろう。「私は犬じゃありません」

ドアを開けると女はもうそこにいない。微かな明かりの中、小さな動物が走っていくのが見えたような気がした。気のせいかもしれないが。
その生き物が何であったのかは解ってない。